」と誰かが心配する。窪地を出て向うを見ると、二三町さきの樹に焔がキラキラしていたが、こちらへ燃え移って来そうな気配もなかった。
「火は燃えて来そうですか」と傷ついた少女は脅えながら私に訊《き》く。
「大丈夫だ」と教えてやると、「今、何時頃でしょう、まだ十二時にはなりませんか」とまた訊く。
その時、警戒警報が出た。どこかにまだ壊れなかったサイレンがあるとみえて、かすかにその響がする。街の方はまだ熾《さか》んに燃えているらしく、茫《ぼう》とした明りが川下の方に見える。
「ああ、早く朝にならないのかなあ」と女学生は嘆く。
「お母さん、お父さん」とかすかに静かな声で合唱している。
「火はこちらへ燃えて来そうですか」と傷ついた少女がまた私に訊《たず》ねる。
河原の方では、誰か余程元気な若者らしいものの、断末魔のうめき声がする。その声は八方に木霊《こだま》し、走り廻っている。「水を、水を、水を下さい、……ああ、……お母さん、……姉さん、……光ちゃん」と声は全身全霊を引裂くように迸《ほとばし》り、「ウウ、ウウ」と苦痛に追いまくられる喘《あえ》ぎが弱々しくそれに絡《から》んでいる。――幼い日、私は
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