、水をくれという声で、私ははじめて、それが次兄の家の女中であることに気づいた。彼女は赤ん坊を抱えて台所から出かかった時、光線に遭い、顔と胸と手を焼かれた。それから、赤ん坊と長女を連れて兄達より一足さきに逃げたが、橋のところで長女とはぐれ、赤ん坊だけを抱えてこの河原に来ていたのである。最初顔に受けた光線を遮《さえぎ》ろうとして覆《おお》うた手が、その手が、今も捩《も》ぎとられるほど痛いと訴えている。
潮が満ちて来だしたので、私達はこの河原を立退《たちの》いて、土手の方へ移って行った。日はとっぷり暮れたが、「水をくれ、水をくれ」と狂いまわる声があちこちできこえ、河原にとり残されている人々の騒ぎはだんだん烈しくなって来るようであった。この土手の上は風があって、睡《ねむ》るには少し冷々していた。すぐ向うは饒津公園であるが、そこも今は闇に鎖《とざ》され、樹の折れた姿がかすかに見えるだけであった。兄達は土の窪《くぼ》みに横わり、私も別に窪地をみつけて、そこへ這入《はい》って行った。すぐ側には傷ついた女学生が三四人|横臥《おうが》していた。
「向うの木立が燃えだしたが逃げた方がいいのではないかしら
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