かった。愚劣なものに対する、やりきれない憤《いきどお》りが、この時我々を無言で結びつけているようであった。私は彼を中途に待たしておき、土手の上にある給湯所を石崖の下から見上げた。すると、今湯気の立昇っている台の処《ところ》で、茶碗《ちゃわん》を抱えて、黒焦《くろこげ》の大頭がゆっくりと、お湯を呑《の》んでいるのであった。その厖大《ぼうだい》な、奇妙な顔は全体が黒豆の粒々で出来上っているようであった。それに頭髪は耳のあたりで一直線に刈上げられていた。(その後、一直線に頭髪の刈上げられている火傷者を見るにつけ、これは帽子を境に髪が焼きとられているのだということを気付くようになった。)暫くして、茶碗を貰《もら》うと、私はさっきの兵隊のところへ持運んで行った。ふと見ると、川の中に、これは一人の重傷兵が膝《ひざ》を屈《かが》めて、そこで思いきり川の水を呑み耽《ふけ》っているのであった。
 夕闇《ゆうやみ》の中に泉邸の空やすぐ近くの焔があざやかに浮出て来ると、砂原では木片を燃やして夕餉《ゆうげ》の焚《た》き出《だ》しをするものもあった。さっきから私のすぐ側に顔をふわふわに膨らした女が横わっていたが
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