この堤を通って、その河原に魚を獲《と》りに来たことがある。その暑い日の一日の記憶は不思議にはっきりと残っている。砂原にはライオン歯磨《はみがき》の大きな立看板があり、鉄橋の方を時々、汽車が轟《ごう》と通って行った。夢のように平和な景色があったものだ。

 夜が明けると昨夜の声は熄《や》んでいた。あの腸《はらわた》を絞る断末魔の声はまだ耳底に残っているようでもあったが、あたりは白々と朝の風が流れていた。長兄と妹とは家の焼跡の方へ廻り、東練兵場に施療所があるというので、次兄達はそちらへ出掛けた。私もそろそろ、東練兵場の方へ行こうとすると、側《そば》にいた兵隊が同行を頼んだ。その大きな兵隊は、余程ひどく傷ついているのだろう、私の肩に凭掛《よりかか》りながら、まるで壊れものを運んでいるように、おずおずと自分の足を進めて行く。それに足許《あしもと》は、破片といわず屍《しかばね》といわずまだ余熱を燻《くすぶ》らしていて、恐しく嶮悪《けんあく》であった。常盤橋《ときわばし》まで来ると、兵隊は疲れはて、もう一歩も歩けないから置去りにしてくれという。そこで私は彼と別れ、一人で饒津公園の方へ進んだ。ところ
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