あるようですが、私は決してそうとは思いません。少くとも戦時中の惨たる凍死状態に比らべれば、今はどれだけ立派な人々が有望な仕事にとりかかっているかわかりません。梅崎春生、野間宏、椎名麟三、そういう新しい名が雑誌に現れるたびに、私は貪るように読んでみました。それぞれこれらの人たちはすぐれた技術と新しい意図を持っていて、充分興味をそそるようです。なかでも野間宏の『魂の煤煙』は今後どれだけ発展するか非常に期待されます。『顔の中の赤い月』については大概の人の意見が一致していたようですが、この人こそは恐らくほんとうに大成する作家でしょう。『魂の煤煙』(1)を読んだとき私は思ったのですが、人間の顔やちょっとした身振のなかにその人を生み育てた環境や歴史を探ろうとする描写法は、小説として何も目新しいものではないとしてもこの作者の観相術にはなにか豊かで独自な魅力があるようでした。中村真一郎の『死の影の下に』も魅力ある小説でした。この人とは逢って話をしてみてよく分りましたが、非常に頭脳の回転の速い人で、鋭利で過剰な神経の持主のようです。それに詩人や批評家としての天稟を恵まれている珍しい人です。
 頭脳の回転
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