手紙を書きながらも、ふと空襲警報下にあるような錯覚と気の滅入りを感じるのもそのためなのでしょう。
 それにしても『日本沙漠』とは近頃、誰が云いだした言葉なのでしょう。花田清輝も、沙漠について、砂について、蟻地獄について、さまざまの考察をしているようですが、どうかするとこの頃は人間の魂まで砂のなかに埋没されそうになるのです。
 昨年火蓋を切られた『新日本文学』対『近代文学』の論争も、その後焦点が紛糾しすぎてちょっと分りにくくなった節もありますが、結局は人間と現実に対する測定の立場の相違かもしれません。この二十年間の社会と文学のうごきを知るものにはあのような論争が避け得なかったこともほぼ推定されます。それに、あなたたちが人間の権威を内に築こうとしていることは何といっても素晴しいことです。しかし『政治と文学』の問題は私にとってあんまり問題が大きすぎます。作品や作家の印象について語りましょう。
 人間に対する期待は容易に満たされないことが分りかけましたが、かねて前から待望していた新しい小説の出現には近頃かなりたんのうしました。どうかすると今でもまだ小説の不振とか新人の欠乏など云ってみたがる人も
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