カ兵が、直吉の頬杖ついてゐるそばに、飛び上つて、楽々とした腰の掛けかたで、大きい手で木柵を掴んで体を支へた。ミルク色の大きい手だ。小さい額縁のなかに、女の首を浮彫りにした金色の指輪を小指にしてゐた。腕にも金色の時計をはめてゐる。ぢいつとその時計を見ると、五時十分である。時計のぐるりには毛がもしやもしやと生えてゐた。平べつたい大きい爪はたんねんに磨かれて清潔だつた。そつと見上げると、透きとほるやうな灰色の眼をしてゐた。柔かい白つぽい金髪で、皮膚は酔つたやうに赤かつた。眼の下を通る人波を眺めてゐる。誇張した微笑の眼で、直吉はその兵隊を観察してゐたが、兵隊は別に注意もしなかつた。習慣的に微笑の顔をつくつてゐる自分の浅ましさに、直吉はまた民族的な宿命を感じる。ソ連に捕虜になつてゐた日本の兵隊は、ぢいつと見てゐると、[#「、」は底本では「、、」]兵隊服をとほして、大工とか、魚屋とか、会社員とかの職業がにじみ出てゐた。それぞれの兵隊に、およその勘を利かす事は出来たのだが[#「たのだが」は底本では「のだか]、かうした皮膚の違ふ兵隊を見てゐると、その一人一人の職歴を見抜く事は困難でもあつた。言葉が自由
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