根を風に向けて拡げ、すぐその姿勢のまゝさつとマストの方へ飛び去つて行つた。何処から迷ひこんだ雀かは判らなかつたが、かうした小動物の不思議な生命を、直吉は愛らしいものに思つた。あの時、海の上を流れてゐた雲が、いまこゝに立つてゐる自分をみとめたならば、雲は直吉に向つて、兵隊のなれの果てを不憫に思つてくれるだらうかと空想した。
まづい朝飯を食つて、直吉が大塚の駅に里子を送つて行つた時は、もう十時を過ぎてゐた。
「判はお前がつくつて、勝手に押していゝンだぜ‥‥。むつかしい事があつたら、またその時は出向いて行つてやる」
直吉は、昨夜から、里子にいくらかの金を渡してやりたいと思ひながら、出しそびれてゐた。慾張つて出したくないのではなかつたが、金を渡す機会を失つてしまつてゐたのだ。――直吉は省線で有楽町へ出て行つた。籍の事にこだはつてゐる里子の生活が、或ひは健実な結婚の相手をみつけたのかも知れないと思ひ、もうどうでもいゝ事だと投げやりになつて来る。――前田の事務所へ寄つて、今日来てゐる品物を分けて貰はなければならぬと、また、ぶらぶらと橋の方へ歩いて行つたが、群集の流れは昨日も今日もとゞまるところ
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