の合図に見とれてゐた。子供の無心さにかへつて、その巡査の動作を眺めてゐた。すつかり外国風な合図の仕方になり、若い巡査は白い手袋の手をくるくると振りまはしては、呼び子の笛を吹いた。直吉は腹が空いたが、何処で食事をすると云ふ当てもない。
黄いろい木柵に凭れて、いかにものんびりした恰好で、直吉は立つてゐたが、雑音や人通りも、総てまたぴたつと戦時中のやうに停止してしまひさうな不安になつて来る。何処かで子供が産まれ、何処かで死者を葬つてゐる毎日の、人間の営みが銀座の四辻には、一向感じられない。みんな永遠に生きてゐられるやうなそぶりで、人波は行きつ戻りつしてゐた。自分のそばに濠洲兵が一人立つてゐた。直吉は珍しさうに、その兵隊をじろじろ眺めてゐた。白い帯、白いたすき、つば広の帽子の片側ぶちを折り曲げたのを、はすに被り、茶色に光つた眼で呆んやりと歩道の人波を眺めてゐた。遠い処から来た兵隊なのだらうが、いつたい地球のどのへんから来たのだらうかと空想してみる。直吉も丁度こんな事があつた。ノボオシビルスクの停車場で、二人連れの少年が、直吉の兵隊姿をじろじろ眺めてさゝやきあつてゐたものだ。直吉はその少年の方
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