て下されば、それでいゝつて思つてたンですよ。さうなの‥‥私つて、そんな女なの。貴方が戻つて来てからね、あゝよかつたつて思つたわ。この気持ちはよく云へないけれど、これでもう、私の願ひは済んだつて気がして、晴々しちやつたの――。どうせ、私は、自分でも、いゝ行末は持つてないつて思ふンですけど、そンな事はどうでもいゝのね。行末なンて興味がないわ。家へお金を送つて、それで月日が過ぎちやふンだわ。私、いまさら人を好きになつて、自分のすべてを掻き乱されるつて厭なのよ‥‥」
 女の露骨な本心を打ちあけられて、直吉は、里子の心に似通ふたものが、自分にもあるやうな気がした。人間らしい生々した思ひの光彩は、この数年のあわたゞしさに押しつぶしてしまつた気がした。里子は手をのばして、卓子の上の煙草を取つて火をつけると、それを口に咥へて美味さうに煙を吐いてゐる。直吉は里子のきやしやな、しつとりしてゐる指を眺め、随分長い別離だつたと思つた。眼の前に坐つてゐる女は、戸籍上の妻ではあつたが、今夜の出逢ひに交はした、刺すやうな眼光は、妻でも良人でもない。他人の疑視であつた。お互ひに長く相逢はなかつた生活の変化が、いまでは
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