らないのよ。正直云つて、私、男のひとからお金を貰ふ時だけぞくぞくしちやふのよ。いけない女になつてるのね。これは世の中の女のひとと違ふンぢやないかしら。でも、私と一緒に働いてるひともさう云ふ気持ちがあるつて云ふのよ‥‥。こんな商売をしてたからでせうかしら‥‥。どんな厭なひとだつて、お金を貰ふ時は、とてもいゝ気持ちなの。別に貯めるつてわけぢやない。只、右から左に家へ送つてやるだけなンだけど、私つて、変りものなのね。――自分でも本当に厭な女だつて思ふわ‥‥」
 直吉は、戦争中の浅草の待合で、里子が、芸者と兵隊の心中を話してくれた、なつかしい夜を思ひ出してゐた。
「ちつとも、貴方以外に好きなひとはないのよ。あつても、すぐ醒めてしまふの。こんな気持ちや体で、私、貴方に黙つてなに[#「なに」に傍点]するのは悪いンぢやないかしら‥‥。ねえ、私、貴方の事をどうしたらいいかつて思ふンだけど、判然り云へば、心が本当にこもらないのだし、千駄ヶ谷で家をたゝんだ時が、もうお互ひの終りだと思つてあきらめ合ふのがいゝと判つたのよ。――何時だつて、貴方の事は案じて心配してゐたンです。この気持ちは本当だわ。生きてかへつ
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