たやうに坐つてゐる。継母を殺す前に、この女から締め殺してやりたい太々しさになつた。分つてゐる。何も云はなくてもお前さんの心持ちは分つてゐると、直吉はまたどつかと胡坐を組んで三本目のビールに手をつけてゐた。いくら籍に這入つてゐてもこの女を自由にする権利はもうないにきまつてゐる。ひゆうと唸りをこめた風が庇に吹いてゐた。誰にも一生を捧げたわけではない。里子には里子の自由さがあるにきまつてゐる。何の世話もしなかつた代りに、里子も、あの時の娘らしさから、世の荒波に揉まれた一人前の女に成長してゐた。二人の別れてゐた距離があまりに長すぎてゐたし、二人は籍の上で結婚はしてゐても、離れて別々の苦労をして今日まで暮してゐたのだ。
「貴方、いゝ奥さん貰ふといゝのよ」
 里子がぽつりと云つた。直吉は生いかの焼いたのをぐらぐらした前歯でちぎりながら、「さうだね」と云つた。
「私はね、もう、貴方と暮す女ぢやないのよ。あの時は戦争だつたから、あんな風になつたンでせうけど‥‥。私、貴方を友達みたいに好きなの。――よく考へてみると、私、心から男に惚れる道を知らないで今日まで来たみたいだわ。惚れるつてどんなのか、本当は判
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