よろこんでむさぼり食つた。四十を出たばかりの継母は、まだどこかに女の肉体をそなへてゐたし、童女のやうな素直さに戻つてゐる人間の素面が、直吉には何とも云へない不憫さだつた。父にも隆吉にも、もてあまされてゐるとなると、直吉は継母を子供の如く蔭でいろいろと面倒を見てやつた。父と隆吉へ対しての衝突は、何時も継母の事から始まつた。直吉は、継母を母とも思つては、ゐなかつたし、女とも考へてはゐなかつた。性格のなくなつたこの狂人女に対して、直吉は杳かな流れ雲を見てゐるやうな、郷愁を感じてゐた。その気持ちを分明に解釈は出来なかつたが、究め尽せない自然人を、そこに眺めたやうな気がして、父や[#「父や」は底本では「父の」]隆吉には争つてでも継母を守つてやりたかつた。継母へ向ふ気持ちが、少しづつ気紛れではなくなつて来てもゐる。里子の冷たさを見せつけられる度に、直吉は、その反射作用で継母へ優しくしてやつた。犬か猫を可愛がつてやつてゐるやうな愛しかただつたが、継母は、直吉が商売から戻つて来ると、甘えた声を出して食物をせがんだ。父や隆吉がゐても、継母ははばかる事なく、直吉に、食物を要求した。隆吉はその継母の甘えた姿
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