を見ると、眉をしかめて継母を叱りつけ、直吉に向きなほつて皮肉を云ふのだ。
「あンた、お母さんが好きなのなら、お母さんを連れて、何処かへ行つてくれるといゝンだ」
「ほう、俺がおふくろを連れて出るのかい?家さへみつかれば連れて行つてやつてもいゝさ。――俺はね、戦争へ長く行きすぎたし、年もとつたし、苦労もしたンだ。どう焦つたところで、奇妙な世の中なんだ。奇妙でないのは、この狂人だけぢやねえか‥‥。それだけの話だ。俺が狂人とどんなつながりがあるンだい。何もしらねえよ。知つてゐるのは親爺とお前だけだ‥‥。どうして、こんな狂人になつたンだい? 俺はこのおふくろが子供みてえに可哀想だと思つてるきりなンだぜ‥‥。面倒がみきれないとあれば、病院へでも入れてやりやアいゝンだ」
 直吉は、三人の男達が、身を粉にして働いて千万長者になつたところで、この狂つた継母はびくともしないのだと思ふと痛快な気がしてゐる。世の中がどのやうに引つくり返へつたところで、継母は自然のまゝなのだと思つた。まともな人間に抵抗出来なくなつてゐる継母の方が、直吉にははるかに水々しかつたし、まともな人間に見えてくる。
「僕は、早くこの狂人
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