びに、里子は大胆になつて、直吉をあしらつた。半年の間に、たつた一度、無理な出逢ひをして里子を怒らせただけで、直吉は里子の心のなかに、直吉に対してはとつくの昔に冷めきつてゐるのを知らされたのだつた。職業も仲々みつけられなかつたが、それよりも、里子との同棲が、せつかちになつてゐる直吉には、何よりもの願ひだつた。里子は何時までたつても、別れませうとは云はなかつたけれども、身についた仮装で、その場しのぎに、獣と化した直吉をあしらつてゐる。直吉は素直にあしらはれた。素直にして里子に安心をさせてはゐたが、何時か恨みは達したいと胸に深くふくんでゐる。孤独だつた。その孤独さを踏み破るやうに直吉は、父や隆吉のおもはくなぞも考へようとはしない。我まゝをふるまつて、今ではゐなほつてしまつた。――直吉は偶然に、寺の住職と知りあひになり、この住職の世話で、銀座に事務所を持つてゐる前田純次の仕事を手伝ふ事になつた。表向きはネクタイや絹のハンカチの製造販売であつたが、ひそかに闇物資の売買もやつてゐた。ボストンバツクに、外国煙草や化粧品や、チヨコレートや、サツカリン、電気剃刀、砂糖、そんなものを詰め込んで、知りあひを
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