あけて話してくれた。芸者になつたとは云つても 体を売るやうな芸者ではありませんよと云ふのである。舞田某の世話になつた以上、何人の肌に触れようと不貞を働いた事には変りはなかつたが、里子は別に、悪い事をしたとも思はないらしく、かへつて、直吉に触れたくない怯えたそぶりを見せた。
里子は別に許して下さいとは云はなかつたが、直吉はすべてを許して、いま、すぐ、この暗闇のなかで、里子を強く抱き締めたかつた。精神なぞはどうでもよかつた。皮膚が焼けつくやうな飢渇から、お互ひの文句はあとまはしにしたかつた。純粋無垢なぞは、直吉の方でも今はどうでもよくなつてゐる。継母の膝小僧の隙間から覗いた、あの、穴洞が、直吉の心をそゝつた。快楽の本能は、花火のやうに頭の芯から足の踝にまでしびれわたつてくる。直吉の心を見抜いた里子は、きわめて巧みに直吉の慾望をそらしにかゝつてゐる。
「もう少し待つて‥‥。ね、きつと、私、いゝ場所をみつけます。一週間したら、きつと、また昔通りになれると思ふわ‥‥」
一緒になれると云つて約束してくれた、一週間が、一ヶ月になり、一ヶ月が二ヶ月とのびのびになり、半年の月日が無為に過ぎた。逢ふた
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