中にも小舎が建つて、住職は毎日畑をつくつてゐる様子だ。かつてはでつぶりと肥えて、色の白い住職が、みるかげもなく痩せ衰へて、畑仕事をしてゐるのは、何と云つても大した変化には違ひない。人の生涯は判らぬながら、こゝでは宗教も灰になつてしまつたのだと、直吉はこの寺の前を通る度に、住職の畑仕事をしてゐる姿を暫く眺めてゐたものだ。
「家をみつけるよりも、まづ、お仕事はありましたの?」
里子は、直吉の焦々してゐるところへ、油をそゝぐやうな事を云つた。職業に就かなければ、二人は寄り添ふわけにはゆかないとなれば、直吉は、家を求める資格はないのかと知らされる。一文もない。職業もまだみつけてはゐない。――里子は思ひ切つたやうに云つた。舞田の世話になつてゐる事から、千葉で空襲にあつた事、二十年の三月九日、下町の大空襲で浅草も焼けてしまつた事。終戦の前に、舞田の世話で、熊谷に疎開してゐたが、こゝでも焼け出されて、終戦と同時に、舞田と別れて、浅草の以前働いてゐた家のものに出逢ひ、暫くバラツク建ての待合で芸者に出てゐたが 親切なひとがあつて、巣鴨に部屋をみつけて貰つて、いまは通ひの芸者になつて浅草に出てゐると打ち
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