びしく抵抗した。直吉は何が駄目なのか一寸判らなかつたが、籍の這入つてゐる女が、どうして、こんなひどい事を云ふのかと、暫く呆気にとられてゐたが、ぢいつと考へてみると、あゝさうなのかと、腑に落ちないでもない。それにしてもお互ひの心を話しあひながら歩いてゐる気にはどうしてもなれないのだ。まづ、お互ひはぢかに触れあふ必要に迫られてゐると直吉は思つてゐる。実行しようとした。だが、里子は抵抗して、直吉から飛び離れ、躑踞み込んで、喘ぐやうに云つた。
「もう少し待つて下さい。どうしても家をみつけてから、ね。貴方は長い事日本にはいらつしやらなかつたから何もお判りにならないけど、日本は、もうすつかり変つてしまつたのよ。いまこそ、こんなに賑やかになつてますけど、終戦の時は、地獄みたいに焼野原だつたンですよ。留守してるものが大変だつたンですよ‥‥。大変な戦争だつたンですのよ」
たしかに焼野原だつたのには違ひない。以前の家は跡かたもなく、その跡にバラツクが建つてゐるのを知つてゐるし、現にこの寺の巨きい建物も、石垣を残してあとかたもない。だが、それが、自分と里子の間に何の関係があるのだらう。なるほどこの寺内の真
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