おもかげが変り、昔ながらの藪睨みには変りなかつたけれども、化粧しない顔は蒼ざめて生気がなかつた。何年逢はなかつたのだらう‥‥。それでも、初めて里子を見た時、直吉は、里子はこんなに美人だつたのかと、正視出来ない程のまばゆいものを感じた。隆吉も父もゐた。所在ないので、ラジオの漫才を聞いてゐた。囚人が檻の外の女を見てゐるやうに、皆のゐる前では、どうにもならない焦々しさだつた。秋の冷々した風が、トタンの屋根に軋んでゐる。
 里子の手土産の羊かんで茶を飲みながら、父は眼やにのたまつた光のない眼で、里子になるべく早く直吉と一緒になつてくれるように云つた。隆吉に気を兼ねての云ひぐさだつたのだらうが、直吉は、いゝ気持ちではなかつた。里子は金茶色のお召の矢絣の袷に、紅色の帯を締めてゐたが、白い襟もとをきつく合はせてゐる癖は今も昔と変らない。隆吉は羊かんを頬ばりながら、すぐ夜遊びに出て行つたが、父はぢいつとして意地悪く動かなかつたので、直吉は里子を送りかたがた外へ出て行つた。暗い石垣添ひの寺の処へ来ると、直吉は里子を抱き締めたが、直吉を素気なく払ひのけるやうにして、
「駄目よツ、もう駄目なのツ」
 と、き
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