た。一億玉砕と云ふスローガンは、やぶれかぶれになれと命令されたやうにも錯覚したのだらう。兵隊が芸者を殺して自殺したと云ふ事件は、直吉にとつては、怖しい事件でも何でもなかつたが、その心中の場面が、直吉には、清純な人間の最後の対決を見たやうな気がしたのだつた。美しいのだ。
「ねえ、さうだと思はない?新聞には出ないけど、松葉姐さんも、こんな世の中に反抗しちやつたのね。――私だつて、時々、とても生きてゐるの厭になる時があるわ。でも、死にたいなンで考へた事はないけど‥‥。本当に、こんな戦争つて厭になつちまふのよ。――此間も、弟の手紙を見たら、早く飛行機に乗つて、敵をやつつけて戦争へ行つて、九段の華と散りたいなンて書いてあるの‥‥。私、がつかりしちやつたわ。此頃は、学校で、みんなそンな事を云つてるのね、きつと、さうだわ。私、返事も出してやらないの。こんなに身を粉にして、私、家へお金を送つてゐるのに、甘い事考へて、九段の華と散るなンて考へるの厭だわ。九段の華と散るのはいゝけど、あとにはずるい人間ばかりが残つちやふぢやないの‥‥」
里子はさう云つて、小さな声で、「つまらない世の中ね」と云つた。二人は
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