枕を一つにして、暗がりで頬を差し寄せてゐた。里子につまらない世の中ねと云はれるまでもなく、直吉も亦、つくづく人の世の佗しさを感じてもゐるのだ。このまゝ歩いてみたところで、何処へ突き抜けて行ける当てもない。
 朝、里子は死人のやうに蒼ざめた顔をして眠つてゐた。直吉は煙草を吸ひたくなり、腹這ひになつて、枕もとの煙草を取つて、吸ひつけたが、ぱさぱさと紙臭い匂ひがして、舌に煙草の味が乗らなかつた。時間も判らなかつたが、暗幕を透かしてにぶい光が部屋の中に縞になつて射してゐた。考へる事もなく、乾いた煙草を吸ひながら、呆んやり里子の寝顔を見てゐると、小鼻に白い膏の浮いた汗つぽい肌が、果物のやうにも見えた。心中をした兵隊のやうに、直吉は里子を連れ出して、二三日、気楽な旅に出てみたい気がしてゐた。何故ともなく、大輪の牡丹の咲いてゐる華麗な花畑が瞼のなかに浮いて見える。にぶい爆音がした。音を聞いただけで、直吉は飛行機の種類を聴き分ける事が出来た。ふつと瞼を開けて、里子が直吉の方へ寝返へりをして、「起きていらつしたの」と聞いた。陶器のやうに光つ顔[#「光つ顔」はママ]に、小さく羽音をたてて、蝿がうるさく飛び
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