淋しく思つた。寝巻もなかつたので、直吉は襯衣一枚で蒲団にもぐり込んだ。むし暑い夜だつたので、酒に酔つた体には、人絹の蒲団が冷々して気持ちがよかつた。里子は物馴れた手つきで、買物籠から、モンペ一揃ひを出して枕元に並べ、赤い花模様の長襦袢姿になり、電灯を消して直吉の蒲団へ這入つて来た。直吉は、浮舟楼での冨子との交渉を思ひ出してゐた。因縁らしいものを感じるのだ。妙なめぐりあひであり、あの若松町からのつながりが、今日まで、何処かで結ばれてゐたのだと不思議な気持ちだつた。灯火の消えた真暗いなかで、直吉はむせるやうな女の匂ひを嗅いでゐた。どの女も、蒲団の中の匂ひは同じなのだなと、直吉は、遠く杳かに、どよめくやうな、万歳々々の声を耳にしてゐた。また、何処かで出征があるのだらう‥‥。夜まはりの金棒を突く金輪の音がじやらんじやらんと枕に響いて、このごろは、かうした花柳の巷も、早くから雨戸を閉してしまふのであらうかと佗しく思はれる。暗闇の中で話をしてゐると、里子の声が冨子の声音にそつくりだつた。里子は、何を思つてか、
「戦争つて厭だわ。どうして、こんなに長い戦争なンか始めたンでせうね。いゝ着物も着られない
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