顔を見る事が出来ない。白い指にルビーの指輪が光つてゐるのを直吉は掠めるやうに眼にとめて妬ましかつた。職業的な本能で、里子は浮はの空で、何とかだから憎らしいわとか、何とかだから泊つていらつしやいねとか云つて、直吉の腿を時々きつくゆすぶるのである。雨もよひのひつそりとした晩であつた。食べものも乏しくなつてゐたが、それでも、色の悪い刺身やコロツケが二人の前へ運ばれて来た。直吉は初めての客だつたので、部屋代や料理や酒の代を、里子に云はれて前金で払はさせられた。
「泊つて行く」
「あゝ」
「ぢやア、私、お約束のお座敷断つて来るわね。病気だつて云つてくればいゝから‥‥」
 さう云つて、里子は階下へ降りて行つたが、暫くして、買物籠のやうなものを持つて二階へ上つて来た。軈て、女中が次の間で蒲団を敷いてゐる様子だつたが、女中が、また泊り料の前金を里子の口を借りて催足[#「催足」はママ]した。泊り料を払つて、直吉が便所へ立つて行くと、里子がすぐついて来る。直吉は、かうした場所へ来るのは初めてだつたが、心中ひそかに仲々金のかゝる処だと思ひ、これでは、どんなに里子に逢ひたくても、めつたに来られる場所ではないと
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