お上りつてば‥‥」
里子は返事もしない。膝のたいこ焼きは、ごろりと畳へ転んだ。冨子は矢庭にたいこ焼きを掴んでがらりと硝子窓を開けると、そのたいこ焼きを物干の向ふへ、力いつぱい放り投げた。里子は吃驚して、また両手を顔にあててひいつと泣き出した。冨子はそのまゝ荒々しく階段を降りて行つた。波江は里子をなだめて、「素直に食べないから姉さん怒つたのよ。里子ちやんも頑固だねえ」と、針箱を片寄せて、里子の顔を覗き込んだ。軈て泣きやめた里子は、気まり悪さうに、素直に直吉の方へ向きなほつたが、冨子と違つて、案外色の白い少女だつた。切れ長の眼は、少しばかり藪睨みで、額が狭く、眉が濃かつた。鼻筋もとほつて、夜店の人形のやうな顔をしてゐる。
直吉は壁に凭れて、たいこ焼の御馳走にあづかりながら、波江の読んでゐた雑誌の頁をめくつてゐた。冨子は何処かへ出掛けたとみえて、階下で、誰かが呼んでゐるので、波江が大儀さうに降りて行つたが、客とみえて、カウンターでコツプを洗ふ音がした。
「君、たいこ焼食べろよ」
「ほしくないの」
「東京で何をするつもりで出て来たの?」
「芸者になるつもりで来たンです」
「ほう。‥‥芸者に
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