どうして働くンだよ。お金なンて、一銭だつて送れるもンぢやないわよ。それよか、もう一二年、田舎にゐて、お母さんの手伝ひしてやつた方が、どんなに助かるかしれない。――いまに、姉ちやんだつて、いよいよとなれば身売りして、その金を全部送つてやるつもりでゐるンだよ。私はもうこんな商売になつたンだから、体を売る位は何とも思つちやゐないわ。こゝにゐる分には、食べる丈は何とかやつてゆけるンだけど、とても、お金にはならないンだからね。お前もね、世間を知らないから、夢みたいな事を考へて、出て来たンだらうけど、明日の朝早く田舎へ帰へるといゝわ。家の犠牲になるのは、姉ちやん一人だけで沢山だよ。ね、きつと近いうちに、お姉ちやん、沢山金を送つてやるから、里子は、一二年がまんして、お母さんの手伝ひしてやりなよ‥‥」
 後向きに坐つてゐる里子は、返事もしないで、ぢいつとうなだれてゐる。花模様の真岡の袷に、はげちよろけのしごき帯を締めた後姿が、直吉には痛々しく見えた。何時までたつても、身じろきもしない里子の頑固さにじれて、冨子は乱暴に里子の肩をゆすぶつた。
「食べたらどうなのツ、切角波江さんが買つて来たンぢやないかツ、
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