ひ返へされはしないのかと、それが心配で、押入れへはひつて泣いてゐるのだと云ふ事だつた。直吉は、少女の心理が判るやうな気がして、押入れへもぐり込んで、人目のないところで、思ひ切り泣きたくなつてゐる冨子の妹が哀れであつた。暫くして、ぎしぎしと押入れの行李を膝で押しつけながら、里子が尻の方から出て来た。菜種色のメリンスのしごき帯が、細い腰の上でゆれながら、後しざりに里子は出て来たが、顔は押入れの方へ向けたまゝ坐つた。赤茶けた、たつぷりした頭髪を三つ組に編んで、長くたらしてゐる。
「困つちやつたわ。急に出て来るンですものね。十五にもなつて、夢みたいな事を考えてゐるンですもの‥‥酒匂さん、何処かいゝところないかしら。私、今日、これから連れて帰へらうかと思つてるのよ。私だつて、仲々田舎へ仕送りつて出来やアしないのに、此のひとつたら、東京へ出てくれば、明日からでも、田舎へお金が送れるみたいな安直な気持ちでゐるンですものね」さう云つて、後向きに坐つてゐる里子の膝へ、冨子はたいこ焼きを二つばかり乗せてやつた。
「姉ちやんだつて、田舎へ送りたいのは山々なンだよ。だから、かうして苦労してンのに、小さいお前が
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