ね、突然家出してね、私を尋づねて来たのよ、困つちやふわア。東京で奉公をしたいつて云ふンですけどねえ」押入れの中では、泣いてゐるとみえて、急に、くすんくすんと鼻をすゝる声がした。
冨子が押入れに声をかけて、里子、出ておいでよと云つても、押入れの中の冨子の妹は仲々出ては来なかつた。――冨子に聞くところに寄ると、小学校を出た妹の里子は、兄弟が多いので、上の学校へも行かせて貰ふわけにはゆかなくて、子守ばかりさせられるのが厭で、東京で喫茶店勤めをしてゐる姉の冨子を頼つて、何処かへ奉公するつもりで出て来たのだと云ふ事だつた。実家は荷車曳きで、冨子は早くから家を出てゐたし、その次の十六になる長男は、高等小学を出ると、野田の醤油会社に勤めに出てゐた。したがつて三番目の里子が、沢山の弟や妹の世話をしなければならない。毎日が子守に明け暮れする里子にとつては、姉の冨子の東京での生活が羨しくてたまらなかつた。「里子、何時までも押入れにはひつてゐないで、出ておいでよ。たいこ焼き食べなさいよ」
冨子はさう云つて、ぺろりと押入れの方へ舌を出して笑つた。妹の里子は、上京して来るなり、姉に叱られて、今日にも千葉へ追
前へ
次へ
全83ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング