かつた。焼け残つた広い家の石塀に添つて、直吉は、何時も相当の時間を、こゝで行つたり来たりして、里子を待つてゐなければならない。煙草を吸つてみたり、時には待ち疲れて、蹲踞んでみたりする。徹底的に打ちのめされたやうな気がして来る。何に打ちのめされたのかは判らなかつたが、直吉は心細さと、未来の不安で、小道を焦々して歩いた。じれて、里子の家の前の板塀の処まで来ると、きまつて、家の中から、犬が吠えた。大きい犬だと聞いてゐたので、不気味な吠え方であつた。外套の襟をたて、門の前を通り過ぎる。耳門が開いて、里子が白い肩掛けをして小走りに、産婆の赤い灯の方へ歩いて行つた。直吉は後を追つて、大股に里子の後をついて行つた。里子は、肩掛けの片方を後へ垂したまゝ、せかせかと前かゞみ歩いてゐる。大通りへ出ると、初めて、里子は足をゆるめて、後から来る直吉を待つた。
「お待ちになつて?」
 何時も同じ事を里子は云つた。時間を守れない癖に、同じ事を云ふ里子に対して、直吉は、初めから腹をたててゐるのだ。長い間、里子に接しない恨みもあつたが、それにしても、言葉つきだけは優しい事を言つてゐながら、里子は言葉以外の動作で、ひど
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