! 私の胸には二人の女が住んでゐるんだわ」
 ロロは相変らず、灰をかぶつたやうな事を云ふ。ミツシヱルはキャツキャツと笑ひながら寝台の鍵をかけた。
 七ツの石段を降りて行くのだ。
 なるほど、ミツシヱルが私の天国と云ふだけあつて、まるで、山の小道を降りてゐるやうな感じであつた。
「あゝもう一度、フランスは革命祭を持つといゝのよ」
 何を思ひ出したのか、ロロは立ち止つてからいつた。

 5 女の性根といふものは、風よりも空気よりも他愛がない。
 道を歩けば歩くで、風がすぐ心の中にまで沁みて来て、妙に家に帰ることが厭になつてしまつたり‥‥変つた男の声とさゝやいて見たくなつたり‥‥ミツシヱルもロロも、舗道を歩きながら何度も銀色の練紅を唇に塗りたくつてゐた。
「ねえ寒子、踊場へ行かない?」
 ミツシヱルがそんな事をいひ出さないでもいゝかげん三人の女の心の中は、何かもやもやと甘くなりすぎてゐた。
「トレ、ボン!」
 ロロは浮々してルンバの腰つきをしながら体を振つて二人の女達を笑はせた。
 パンテオン裏の方に歩いて行くまでに、もう二組の巡査隊に会つた。よつぽど更けたのであらう、薄かつた月が濃くなつて
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