髪のかたちをなほした。
「あゝ何時になつたら、敷物のある、浴室のある、花束のある、いゝ紅茶茶碗のある部屋がもてるんでせうね」
「ミツシヱルはそんな事ばかし云つてゐるけれど、そんなものがあつたつて人生はつまらないわ」
「あら、人生つてそんなものばかりよ、何が人生だつて云ふの、貴方の理想の人生だなんて、東洋へ行つて爪を伸ばす事だわ――」
 ロロは沈黙つて笑ひながら立ちあがると、青いピジャマを抜ぎ捨てゝ、肌着一枚の上から、男物の色あせた外套を羽織つた。
「帰るの‥‥」
「うん」
 洗面台の前に立つたロロは、水ブラシを髪にあてながら、鏡の中の自分の顔をものうげに眺めてゐた。黄色い梅の花のやうな感じの顔であつた。
「ぢやア私も帰るから送つて行かう」
 寒子も、蓄音機の蓋を閉めると腕時計を眺めながら、鏡の中のロロを見た。
「ぢや三人で少し歩きませうよ」
 外へ出る事になると、急に部屋の中が賑やかになつて、ミツシヱルは又思ひ出したやうに「しのびなき」の唄をうたひ出した。
 三人の女は思ひ思ひに、心の中で一人言を云ひながら、妙に浮々として笑ひあつた。
「ホツホツ‥‥私にや二ツの恋があるんだわね」
「嘘
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