手には半分になつた長いパンと、小さな包み紙があつた。
包みの中からは、トマトの酢漬や鶏肉や、紅いうで卵子なぞが出た。
「随分御馳走でせう、――さあ、ロロおあがりよ」
一|法《フラン》いくらのつり銭を卓子に置くと、ミツシヱルと、寝台のロロと云ふ女は、まるで水鳥のやうにせはし気にパンを頬ばつた。
「あゝ眼が見えなくなりさう、あまり美味しくて、昨日、キャフェ一杯に三日月パン一ツ食べたきりなのよ、それにロロはロロで、好きなあのひとと喧嘩しちやつて――」
寒子は、女達の食べてゐる姿をあまり美しいとは思はない。蚕の市場[#「蚕の市場」はママ]のやうな、破れた風琴のレコードを聞きながら、沈黙つて女達の話を聞いてゐた。
「ミツシヱル、私、食べる事も退屈だわ」
「まあ、冗談おつしやい、あんなにお腹を空かしてたじやないのよウ」
「お腹が空くと云ふ事と、食べると云ふ事は別よ」
「厭なひと、同じだわ、――貴女も、寒子とよく似て退屈屋さんだわね、私達やアいまでこそ食へないけれど、明日の日には、どんなエトランゼがみつからないともかぎらないぢやないのよウ」
ミツシヱルは思ひ出したやうに歪んだ鏡の前に立つて、
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