、パンテオン寺の天蓋が、まるでキリコの描く機械人形の頭のやうに気味悪く見えたりした。
不意に、ロロも何か思ひ出してゐたのか、
「パリつて、色気の多い街ね、部屋の中にゐると、あんなに心が醗酵して来るのに、歩いてゐると一直線に転落するまではしやぎたくなるの」
ミツシヱルも寒子も同感であつた。
この煽情的なものは、パリの街を吹く風の中に流れてゐるのだらうか――街角を曲るたび、幾組かの接吻を見た。
踊場の中はもうかなり酸つぱくなつてゐた。臍から上をむき出しにしたイタリー女が二、三人の水兵と順ぐりに踊りまはつてゐる。寒子だけ椅子につくと、あとの二人の女は、もう腕を組みあつて、外套のまゝ踊の中にまぎれこんだ。背が高くて、コサックの帽子を被つたミツシヱルの姿は、此の踊場でもめだつて美しく見えて、二、三人のソルボンヌ大学生は、ミツシヱルの組にばかり眼を追つてゐた。
音楽が途切れると、寒子の註文したビールを、ミツシヱルとロロは立ち呑みしながら「随分金なしが多いぢやないの」とさゝやき笑ひしてゐた。
退屈屋の寒子も、何時かミツシヱルやロロを相手に踊り出してゐた。「踊つて何も彼も忘れてゐる気持つ
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