寒子は痛いほど頭を上に向けてミツシヱルの硝子窓に口笛を吹くと、見えない屋根上の窓からも「ピュウピュピュウピュ」と口笛で答へる。
石畳がひいやりとして気持がいゝのか、猫族の匂ひがして、何か黒い生物がモゴモゴと石道を這つてゐた。
「|今晩は《ボンソアール》!」
「元気《サバ》なの?」
「ウイ、大元気《サバ・ビヤン》よ!」
ミツシヱルは、スパニシオルの人形のやうに、頭に黒いレースをかけて、蜜柑色[#「蜜柑色」は底本では「密柑色」]のやうなパンタロンをはいてゐた。
彼女の腕はむき出しのまゝ汗ばんで、夜のせゐか、ひどくミツシヱルの身体がフクイクと匂つてゐる。
3 部屋の中には、十八ばかりの女が寝台の上にひつくり返つて鼻唄をうたつてゐた。
白い壁には、カサ/\した人形の首がいくつもさがつて、束子のやうに黒い影をつくつてゐる。
その寝台の女は、空色のピジャマひとつで、脚はむき出しのまゝ床の上にずりおとしてゐた。
「|今晩わ《ボンソアール》!」
そつけない声で、ピジャマの女は首をそつと持ちあげた。
額の非常に美しい娘で、スペイン式なミツシヱルの温かさにくらべて、これはまた北国風な空疎
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