中の血脈がピンと音をたてゝ切れたやうに感じられた。

 11[#「11」は縦中横] 小さい三角屋根の下には、ミツシヱルが寝台の上に眠つてゐた。
 洗面台の下には、かつて踊場で見た事のあるあの美しい青年がたふれてゐる。
「馬鹿者が‥‥全く恥知らずがツ!」
 一寸の怒りもすぐ第六感をおびやかして、体中をブルブルさせさうな門番《コンシヱルジヱ》は窓といふ窓を開けると、かう云つて怒鳴り散らした。階下からも人達が愕いて上つて来る。
「ミツシヱル! 私よ、寒子よ!」
 だが、一足おくれたのであらうか、あんなに朗らかだつたミツシヱルも青年も息を吹き返さなかつた。
 部屋の中には、かつてロロのつかつた水ブラシと、気味の悪い人形の首がぶらさがつてゐるきりで只美しく清潔であつたのは、二人の体と、二足の靴だけであつた。壁の写真もいつか取りはらはれて、どんなに、一ヶ月の間、ミツシヱルの生活に苦悩があつたのか、あまりに部屋の中は何もなさすぎてゐた。
「何時になつたら敷物のある、花束のある、紅茶茶碗のある部屋が持てるのかしら」と云つてゐたミツシヱル!

 寒子は巡査の来ない間に、街の通へ、あんなにミツシヱルの欲し
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