がつてゐた花束を買ひに出た。
だが白暮はつひに物思ひのまゝ暗くなつてしまつてゐる。どの店も閉つてゐた。花屋の硝子戸の中には高洒[#「高洒」はママ]な、薔薇や蘭の花が並んでゐるが、こゝも網戸が降りてゐた。
寒子は、妙に胸の薄さを感じる。
静物に買つた、薔薇の一束を部屋から持ち出すと、まるで泣いた後のやうな涼しい気持になつて街に急いだ。
「皆々、孤独人なのだ、ミツシヱルだつて、ロロだつて、あの男だつて、――」
ピストルを射つたあの男は、ピストルを射つまで、心のやり場に困つたのに違ひない。その心のやり場に、ひととき私の唇を利用したところで、何でとがめる事があらう。まして泣いて切ながる必要もない。楽しみに私は私で絵を描けばいゝぢやないか、寒子は、何気なく眉をあげた。二日間も部屋に匂つた白薔薇がハラ/\と蝶々のやうに舗道にあふれて散つた。
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雨は真珠か
夜明の霧か
それとも私の
しのびなき
[#ここで字下げ終わり]
ミツシヱルを愛して、雨の唄を教へた東洋の男も、今ごろは百号大のカンヴァスを広げて、妻君の裸体をでも描いてゐるのかも知れない。
一切は孤独なしのびな
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