で人声が聞えない。
ミツシヱルのアパルトも幾度か尋ねてはみたが、その都度留守で、会へない時が多かつた。たまに会つても、いつもそは/\と急がし気で、顔中がひどく武装して見えた。
「どうしたのだらう――」
かうなると、妙に自分が金持ちの、のらくら娘に思へて、寒子は自分で自分の気持に弱り果てた。
七月の革命祭にはお互にフィアンセを見つけてヒロウしようなぞと笑つた踊りの夜も過ぎて寒子にはなまあたゝかい無為の日が続く。
まるで悪病みたいに静物にとりつかれて――さう開きなほると、寒子は方向転換に、毎日カルトンをさげてセーヌの石畳の上にスケッチに出かけた。
「パリへ来て、こんな気持の堆積が自分を神経衰弱にするのだ」
さう思つて街を見ると、リオンの停車場でひと目見たパリの印象がボヤボヤと崩れて、最もビジネス的な風景になつて来る。
寒子は胸を張つていつぱい空気を吸つた。
両足を男の子のやうにふんばらして、カルトンを持ちあげた。
眼を細めるとサン・ミツシヱル橋も樹も建物も生々と美しかつた。只黒いコンテの心臓から聴覚につたはるパリの姿を描かふ、私の仕事はそれでいゝのだわ、私を革命家にするの
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