しに、ミツシヱルにウインクして見せながら、茶目ツ子らしく舌を出してゐた。

 6 旅行案内所では急に夏の旅行パンフレットを店先に並べ出した。
 女の姿もめだつて美しく、海色の流行色が、繁つたマロニヱの木の下を、まるで魚のやうに歩いてゐる。キャフェのテラスには、だんだら縞の海岸傘が一時にパツと開いて、パリは、高山のお花畑になつてしまつた。

 寒子は、ミツシヱル達に別れたまゝ一ヶ月も静物と暮らしてしまつたのだが、静物も一ヶ月続くともう埃つぽさを感じ、面のない動きのない、音のない材料に、すつかりヘトヘトに参つてしまつた。
「嫌になつてしまふ、ミツシヱルでも雇つて、コスチウムを描かうかしら、それとも‥‥」
 そんなことを考へてゐると、急に風景の緑がパレットに写つて、寒子は心の中に落ちつきを失つてしまつた。
 周章て地図をひつくり返すと、風景のよささうな田舎への汽車をしらべて見た。
「フォンテヌブローの森も悪くはない、それともコースを伸ばして、ブルタァニュの海辺へ行つてみようかしら‥‥」
 高いモデルを使つて、始終動かれて焦々するより、風景を描かう――寒子は靴[#「靴」はママ]をあけて、気早に
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