愛の道には整理が必要だ。
 理想的な恋愛を私に云わしむれば、およそ悲劇的な影のない恋愛がのぞましい。私の知人にこんな例がある。その男は五十歳の男だ。奥さんと大学に行く子供がある。非常に平和な家庭で、波風一つたたない生活だそうだ。だが、その五十になる男のひとには、奥さんと同じ年配の恋人があり、ちょうど十五年も恋愛関係がつづいていると云うのだ。何と云う愕《おどろ》くべき旦那様なのだろう。その十五年の間に、恋人はある商人の家に嫁に行ったが、それでも一年に一ぺんは逢うと云うのだ。七夕のようだとその男のひとは笑っていたが、私は吃驚した。奥さんはただの一度も旦那様をうたがわないし、十五年も恋人と逢いつづけているとは露ほども知らないのだと云う。こんな大嘘つきの旦那様を持った奥さんは幸せと云っていいのか不幸と云っていいのかわからないけれども、私から云えば、おそらく、幸福なひとのような気がする。おそらく、その男のひとは、棺桶《かんおけ》へ這入《はい》るまで、奥さんをだましおおせるに違いあるまい。奥さんは良人が死んでからも、あのひとはいいひとだったと幸せに思っている事だろう。その男のひとの云うのには、恋人
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