がはいり、土を掘りかへすやうなすさまじい雨であつた。泥まみれなハイヤに荷物も何もいつしよくたに乘りこんで、伊藤氏に紹介された近水ホテルに行く。田上義也と云ふひとの建築になるとかでライト式だと云ふことである。だが山の温泉宿としては少々薄々とした建物でアパートのやうな氣がしないでもなかつた。私は洋室がきらひなので、日本の部屋へ案内をして貰ふ。いゝ部屋のつくりであつた。温泉へ着いて日本の部屋位有難いものはない。女中達は物靜かで優しかつた。
何よりも沛然と降る雨を眺め、雷のすさまじい音をきくのは、ぴしぴししたきびしいものを感じて爽かである。眼の下を小さい釧路川の上流がゆるく走つてゐる。雨の霽れ間を縫つて蜩《ひぐらし》がよく鳴いた。
私はだが不幸な旅人であるらしい。此樣な風景を見ても、私の心は先きへ先きへと走つて、同行の女性にも氣の毒なほど默りこくつてゐる。
二人で温泉へはいる。
湯舟は川へ突き出てゐて、赤いレンガを疊んだ圓い浴槽であつた。河の流れが黄昏れた大きい硝子窓に寫つてゐる。これで四圍に鬱蒼とした深い樹林があつたら素的だらうと思つた。ホテルの戸外は土地が若いせいか荒地にある感じで
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