の海ばかり見てゐた私には、釧路の海はるり色に光つてゐて天氣のいゝせいか一望にして港の中が眼にはいつて來る。
 朱い煙突を持つた浚渫船が起重機から泥を吐きながら、まるで大雨のやうな音をたてゝ動いてゐた。内地の風景と違つてどこかに底冷たさがある。
 港には船が澤山はいつてゐた。厚岸《あつけし》の海では海軍の演習があると云ふので此釧路の海も賑ふだらうと人々が話しあつてゐた。

 釧路の驛へ行くと、午後三時半の網走《あばしり》行きがあつたので、その汽車へ乘る。こゝでは角大旅館で遇つた藤井と云ふ若い婦人記者のひとが私と旅を共にすると云つて合財袋を持つて一緒の列車に乘つて來たが、いゝ人達の親切は斷りの仕樣もない。
 窓外は茫寞たる谷地で柏の木が多い。標茶《しべちや》の驛あたりより驟雨になつた。車内では川湯温泉の驛長さんが乘り合はしてゐて、色々な旅の話に興じた。
「摩周《ましう》の湖は、すぐ霧がかゝつてしまうので、運がよくないとなかなか見られませんよ」
 今日はとても見られまいとの話で、弟子屈《てしかが》温泉に泊ることにする。
 弟子屈の山小屋のやうな小さい驛へ着くと、起伏のある部落の家々には早や灯
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