生れたときだ。まだその頃の空知の國はもつと未開の地であつたに違ひない。
 天井の燈を消して枕元のスタンドをつけた。何か本を讀んで此愛なく情なく荒凉寂寞たる自分の氣持ちに應へたかつたけれど、何も讀む氣がしない。夜更けて嬌聲を聞いたけれど、女中が迎へに來て云ふには、「うちではカフヱーもやつてゐるんで厶いますが、お厭でなかつたらいらつしやいませんか」その嬌聲は女給達の聲であつた。
 妙に疲れてゐたので、そのまゝカフヱーにも行かないで枕元の燈火をつけたまゝ私は深く眠つてしまつた。
 翌朝は不幸なことに曇つてゐた。九時十五分の汽車で根室線に這入る。
 空知の風景は私には苦しすぎる位廣かつた。北海道の地圖は少しばかりコチヨウして小さくしてありはせぬかと思ふほど宏大で、空よりも平野が廣い。途中空知のぼんもじり[#「ぼんもじり」に傍点]より沛然たる雨で、澤梨《さんなし》の白い花が虹のやうに光つて見えた。黒くなつて畑を耕してゐる人達の、汗だらけの努力を、沁々として感謝せずにはゐられない。
 朝から汽車へ乘りづめ、しかも此根室線には急行がないので、一驛一驛私は野原の中の驛々にお目にかゝれる。
 釧路《くし
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