て行きさうな小さい町である。宿へ着くと私は頭の先きから足元まで出迎へた女達に見られなければならない。
 女で、しかも一人旅は不思議なことなのであらう。風呂に這入り夕食の膳を前にしたけれど、何としても佗しく、一合の酒を頼んだ。酒は二杯ばかりを唇にすると、最早胸につかへて苦しく、床をとらして眠つたが、床へ這入つたで急に眼がさえて來て眠れなかつた。
 黄昏に降りた不用意な旅人のために、根室へ行く汽車もなくて、ふかく[#「ふかく」に傍点]にも私は瀧川で一泊しなければならなくなつたのだけれど、これも仕方ない。枕元の水差しの盆の上には、此一夜泊りの客の爲に、小さい列車時間表が置いてあつた。裏をめくると、明治三十八年出版運命よりとして國木田獨歩の一章が書いてある。
 ――「何處までお出ですか」突然一人の男が余に聲を掛けた「空知太まで行くつもりです」
「さうですか、それでは空知太にお出になつたら、三浦屋と云ふ旅人宿に泊つて御覽なさい」――
 獨歩が此三浦屋に泊つたのかどうかは判らないけれども、愛なく情なく見るもの荒凉寂寞たると嘆じた獨歩の一人旅を偶々面白く思つた。私も御同樣だ。明治三十八年と云へば私の
前へ 次へ
全20ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング