ろ》へ着いたのが八時頃で、驛を出ると、外國の港へでも降りたやうに潮霧《がす》がたちこめてゐた。雨と潮霧で私のメガネはたちまちくもつてしまふ。帶廣から乘り合はせた、轉任の鐵道員の家族が、町を歩いて行つた方が面白いですよと云つて、雨の中を子供を連れた家族達が私を案内してくれた。
 山形屋と云ふのに宿を取る。古くて汐くさいはたご屋であつたが、部屋には熊の毛皮が敷いてあつた。――町を歩いてゐても、宿へ着いても、三分おきに鳴つてゐる霧笛の音は、夜着いた土地であるだけに何となく淋しい。遠くで霧笛を聽くと夕燒けの中で牛が鳴いてゐるやうな氣がする。こゝでは朝日新聞の伊藤氏に紹介状を貰つて來てゐたけれど、伊藤氏には逢ひにもゆかずに、默つて宿屋へ着いてしまつた。宿では、無職と書いて怪しまれた。女中は老けた女で何となく固い。判で押したやうな宿屋の遲い夕飯を食べて、熊の毛皮の上に體を伸ばしてみる。まるで熊の背中に馬乘りになつてゐるやうでをかしい。手紙を書いてゐると、今日乘つた列車の食堂車に働いてゐた十六ばかりの二人の少女が、同じ宿に泊りあはせたからと遊びに來た。給仕服をぬぐと二人とも美しいので愕く。明日はまた
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