ことである。しかしもし生れゝば、出來るだけ早くハイデースの門を過ぎ、厚い大地の衣の下に横はるに若くはない」
どう云ふ聯想か、私は北の果の森林の中で、しかも耳の破れるやうな雷鳴の中に、ブチアーの中のデスペラアトな一章を思ひ出した。だが、ついに元氣だ。私は常に雜談をして自分を考へない。旅空で瞑想をしてみたところで、所詮は底ぬけに小心者で、粕ばかりで何もない空虚な躯をもてあましてゐるにしかすぎない。
宿へ落ちつくと、婦人記者氏は人生について話しかけて來たけれど、私は此女性よりも本當はおとつてゐる。お菓子を頬ばつてゐるか眠るか雜談をしてゐるか。
温泉は一番愉しい。私は黄昏までに三度も躯を洗つた。
音樂が聽きたかつたが何もなかつた。
この宿へつひに二泊。
早朝四時半に起きて、釧路へ歸る仕度だ。
窓をあけると、もう蜩がなきたてゝゐる。
五時半の汽車で釧路へ向ふ。三等切符を二枚買つた。切符を切つてくれた驛長さんは、此二人の女連れに、
「もうお歸りですか」と云つた。
釧路へは八時頃着いた。驛に荷物をあづけて、驛の前の飮食店に這入る。私の横には陸軍の將校が一人辨當をたべてゐた。私も辨
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