當がほしくなつて、うどんだの辨當だのを注文した。旅なれないと見えて婦人記者氏も疲れてゐる樣である。
 辨當をすませて伊藤氏宅へ行つた。美しいおくさんや、小ちやい坊ちやんや孃ちやんに遇ふ。伊藤氏へあいさつ[#「あいさつ」に白丸傍点]をして私は釧路をたつて帶廣へ行かうと思つた。
 晝間の汽車にはまだ間があるので、支廳へ行き、先住民族の古跡を歩いて釧路の郊外にある春採湖《はるとりこ》へ行つてみる。
 春採湖は、摩周湖や屈斜路湖と違つて、ひどくアイヌ的で、ひなびてゐて賑やかな湖であつた。
 私は此一月あまりの北への旅で、何だか、湖と平野と沼地と森林ばかりを見て暮らしてゐるやうだ。陽氣になりつゝある。知らない土地で遇ふ人達は案外肥つた方ですねと云つてくれる。十一貫の小さい私が、一貫目もふえたのだから、どつかへ肉がついたのだらう。平野と湖を眺め暮らし、宿屋では牛乳と鮭と蕗ばかり。この一ヶ月は、私を樂天家にしてくれたのかも知れない。生きてゐることは愉しいことだ。

 釧路は午後一時半の汽車でたつた。また例の遲い列車で、來た時の驛々に一ツ一ツお目にかゝる事になる。狩勝峠は雨であつた。
 帶廣には五時頃
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