までハイヤが通ると云ふことで、私達は自動車《くるま》で山へむかつた。
 此地帶は、山うるしや、どろの木、白樺、柏、澤梨《さんなし》、ゑんじゆ[#「ゑんじゆ」に白丸傍点]のやうな樹木が多くて、緑の色は内地より淺い。
 摩周山は海拔三百五十米位で、湖の深さは二百米ばかりあるとか聞いた。摩周山の中腹から見える湖の姿はぽつんと鏡を置いたやうであつた。此鏡のやうな湖心にはカムイシユと云ふ黒子のやうな島があり、まるで浮いてゐるやうであつた。去來する雲の姿が露西亞《ロシア》の映畫のやうに明るく見えて、波一ツない靜けさである。湖の向うには摩周の劔のやうな頂上が雲の中へ隱れてゐるやうに見えた。湖岸は降りてゆくにむづかしい絶壁で、遠く地底に眺める湖だけに暗く秀いでゝゐる。紅鱒やザリガニを放つてあると云ふことだが、あんまり波がないので、死んだ湖のやうに見える。足元は熊笹と白樺の若木で、風が下から吹きあげて來た。
 此邊いつたいを阿寒地帶と云つて、私の立つてゐる熊笹の丘から雌雄の阿寒岳の峰や、斜里《しやり》岳|漂津《しべつ》の重なつた山々の姿がパノラマのやうに眼に這入つて來る。
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雲のよ
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