ないだろう?
――…………
――そうだよ。此桜の園まで借金のかたに売られてしまうのだからね、どうも不思議だと云って見た処で仕方がない……。
と、桜の園のガーエフの独白を別れたあの男はよく云っていた。
私は何だか塩っぽい追憶に耽って、歪んだガラス窓の白々とした月を見ていた時だった。
お計さんの癇高い声に驚いてお秋さんを見た。
「えゝ私ね、二ツになる男の子があるのよ。」
秋ちゃんは何のためらいもなく、乳房を開いてドポン! と湯煙をあげた。
「うふ……私処女よ、もおかしいものだね。私しゃお前さんが来た時から睨んでいたよ。だがお前さんだって何か悲しい事情があって来たんだろうに、亭主はどうしたの。」
「肺が悪るくて、赤ん坊と家にいるのよ。」
不幸な女が、あそこにもこゝにもうろうろしている。
「あら! 私も子供を持った事があるのよ。」
肥ってモデルのようにしなしなした手足を洗っていた俊ちゃんがトンキョウに叫んだ。
「私のは三日めでおろして[#「おろして」に傍点]しまったのよ。だって癪にさわったからさホッホ……。私は豊原の町中で誰も知らない者がない程華美な暮しをしていたのよ、私がお嫁
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