なった。
 だが、男の人は嘘つきが多いな。
 金を貯めて呑気な旅でもしよう。

 ――此秋ちゃんについては面白い話がある。
 秋ちゃんは大変言葉が美しいので、昼間の三十銭の定食組みの大学生達は、マーガレットのようにカンゲイ[#「カンゲイ」に傍点]した。
 十九で処女で、大学生が好き。
 私は皆の後から秋ちゃんのたくみに動く瞳を見ていた。目の縁の黒ずんだそして生活に疲れた衿首の皺を見ていると、けっして十九の女の持つ若さではなかった。

 其の来た晩に、皆で風呂にはいる時、秋ちゃんは佗しそうにしょんぼり廊下の隅に立っていた。
「おい! 秋ちゃん、風呂へはいって汗を流さないと体がくさってしまうよ。」
 お計さんはキュキュ歯ブラシを使いながら大声で呼びたてた。
 やがて秋ちゃんは手拭で胸を隠すと、そっと二坪ばかりの風呂場へはいって来た。
「お前さん! 赤ん坊を生んだ事があるだろう……。」

 ――庭は一面に真白だ!
 お前忘れやしないだろうね、リューバ? ほら、あの長い並木道が、まるで延ばした帯革のように、何処までも真直ぐに続いて、月夜の晩にはキラキラ光る。
 お前覚えているだろう? 忘れやし
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