に行った家は地主だったけど、ひらけていて私にピヤノをならわせてくれたの、ピヤノの教師っても東京から流れて来たピヤノ弾きよ、そいつにすっかり欺されてしまって、私子供を孕んでしまったの。そいつの子供だってことは、ちゃんと分っているから云ってやったわ、そしたら、そいつの言い分がいゝじぁないの――旦那さんの子にしときなさい――だってさ、だから私口惜しくて、そんな奴の子供なんか生んじゃあ大変だと思って辛子を茶碗一杯といて呑んだわよホッホ……どこまで逃げたって追っかけて行って、人の前でツバ[#「ツバ」に傍点]を引っかけてやるつもりさ。」
「まあ……。」
「えらいね、あんたは……」
仲間らしい讃辞がしばしは止まなかった。
お計さんは飛び上って風呂水を何度も何度も、俊ちゃんの背に掛けてやった。
私は息づまるような切なさで聞いていた。
弱い私、弱い私……私はツバを引っかけてやるべき、裏切った男の頭をかぞえた。
お話にならない大馬鹿者は私だ! 人のいゝって云う事が何の気安めになろうか――。
十月×日
……ふと目を覚ますと、俊ちゃんはもう仕度をしていた。
「寝すぎたよ、早くしないと駄目だよ
前へ
次へ
全228ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング