た私は下に降りて行った。
「今頃どこへ!」下の叔母さんは裁縫の手を休めて私を見る。
「割引きです。」
「元気がいゝのね……。」
蛇の目の傘を拡げると、動坂の活動小屋に行った。
ヤングラジャ、私は割引きのヤングラジャに恋心を感じた。太鼓船の東洋的なオーケストラも雨の降る日だったので嬉しかった。
だが、所詮はどこへ行っても淋しい一人身。小屋が閉まると、私は又溝鼠のように塩たれて部屋へ帰った。
「誰かお客さんのようでしたが……。」
叔母さんの寝ぼけた声を脊に、疲れて上って来ると、吉田さんが、紙を円めながらポケットへ入れていた。
「おそく上って済みません。」
「いゝえ、私活動へ行って来たのよ。」
「あんまりおそいんで、置手紙をしてたとこなんです。」
別に話もない赤の他人なんだけど、吉田さんは私に甘えてこようとしている。鴨居につかえそうに脊の高い、吉田さんを見ていると、タジタジと圧されそうになる。
「随分雨が降るのね……。」
この位白ばくれておかなければ、今夜こそどうにか、爆発しそうで恐ろしかった。
壁に脊を凭せて、彼の人はじっと私の顔を凝視めて来た。私は、此人が好で好でたまらなく
前へ
次へ
全228ページ中65ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング